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2013/12/15 (Sun.)

顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み

西田 宗千佳 / 顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み

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前著『スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場』から約 1 年半ぶりとなる(途中、既存記事の再編集+書き下ろしの『加速する日本の電子書籍』はありましたが)、ジャーナリスト西田宗千佳氏の新著を読了しました。今回は紙版・電子版同時発売だったので、Reader Store で電子版を購入。

タイトルからすると、西田氏にしては珍しくマーケティング・セールス寄りの視点の話かな?と思っていました。が、実際はデータとテクノロジーをどうビジネスに活かすか、そしてそんな時代に消費者としての我々はどういう姿勢で生活すべきか、という、いつもの同氏の視点の延長線上にあるもので、ある意味安心しました(笑。ただ、クラウドとスマートデバイスの発達により、製品やサービスの価値はそれ単体で完成するものではなく、その裏にあるデータをどう使い、どう見せるかが最終的な体験価値となるのが 2010 年代。ここ数年で西田氏自身の興味や取材の対象がコンシューマー向けの IT・家電業界のみならず、IT が世の中にもたらす変化全体に拡がってきているのは、そういう世の中の変化に呼応してのことだと思います。

本書の内容は、これまでに MAGon の『西田宗千佳のRandom Analysis』に取材記事として掲載されたものを「ビッグデータの活用」という文脈で再構成したものです。なので、MAGon を購読している私としては話そのものは知っている内容だったわけですが、これまで毎回バラバラなテーマで取材しているように見えていたものが、こうやって一本のストーリーに落とし込まれると、急に繋がって見えてくる。人々の行動履歴を収集・分析し、個人情報と紐付けない形で「属性」として扱うことで分かること/提供できる価値/それを扱うリスク、そういったことを俯瞰的に整理した一冊になっています。
こういうデータの分析ってマーケティングでは日常的に行っていることで、いかに効果的・効率的に認知を得て興味を喚起し、商品の名前を覚えてもらい、欲しいと思ってもらい、最終的に買ってもらうか...という命題に対して、ではどこに需要があって、ターゲットとなるユーザー層はどんな生活や消費行動を取っていて、どういう媒体に接しているのかを把握することは必須。ビッグデータの活用分野としては重要な領域なので、『顧客を売り場に直送する』という言葉は確かに重要なキーワードのひとつではありますが、この本書のタイトルは残念ながら中身の半分も表せておらず、それがちょっともったいないなあ、と思います。西田氏が本書で言いたいことは、おそらくそういうマーケティング観点でのビッグデータの活用だけでなく、自らの行動履歴を企業に提供する消費者側にも、大切な個人情報を提供する見返りに得られる利便性はあって、個人情報を渡すリスクを自覚・自衛した上でメリットを享受すれば、豊かな人生を送ることができる...ということなのでしょう。ただ、それを一言で、読者の興味を惹くタイトルとして表すのはとても難しい。

西田氏は出版にあたりこんなツイートをされていましたが、

これには確かに同意する部分があって、マスメディアによる画一的な情報提供の時代から、人々の多様性を加速するネットの普及によって、我々は情報の取捨選択を強いられ、結果として「自分が選んだ世界しか(その外の世界をあえて意識しない限り)見えなくなった」ということであり、自分にも確かにそういう瞬間はあるな、と自覚するところでもあります、ネットの普及によってテレビを見なくなったのか、社会の成熟化に従って生活スタイルや趣味趣向が多様化した結果テレビへの依存度が下がった(と同時にネットへの依存度が上がった)のか、むしろ双方が両輪として回ることで現在の状況を生み出してきたような気もしますが。
ただ、それでも「自分の視界が狭い」ことを自覚した上で自分の視界の外にあるものもあえて視ようとすれば視れるのも、今の時代でしょう。自分の世界の外にあるものを知り、世の中の仕組みや価値観の多様さを理解することで、より豊かな人生を送ったり、社会により大きな貢献をするための視点が身につけられるのではないでしょうか。

現代のビッグデータ活用に関する状況を俯瞰的、客観的にまとめた内容だけに話が広範にわたり、なかなかひとつの結論に帰結させるのが難しい著書ではありますが、クラウド時代を生き、クラウドを活かしていくためのヒントが鏤められた一冊だと思います。

投稿者 B : 00:24 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2013/04/25 (Thu.)

プラットフォーム ブランディング

川上 慎市郎、山口 義宏 / プラットフォーム ブランディング

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共著者の山口義宏氏から献本いただきました。

いただいたから誉めるわけではありませんが(笑)、山口氏とは今まで一緒に仕事をしたことはないながら、「日本の産業を再び競争力があり、かつ、消費者から憧れられる状態にしたい」という点で、同じ夢を持つ同志だと一方的に思っています。

「顧客体験」「UX」。Apple の iPhone が市場を席巻し始めた頃から多くの企業やメディアで盛んに使われ始め、言葉としてはそろそろ陳腐化して「ユビキタス」「CGM」「クラウド」といった単語と同様に「そういえばそんな実態のない言葉が流行ったよね」というワードの仲間入りをしようか、という段階にあると言えます。しかし、「ユビキタス」「CGM」「クラウド」といったものが、技術やインフラの進化により流行語ではなく現在では空気のような当たり前の存在として利用されているように、「UX」も単語としての流行の段階を終え、企業活動に必須な概念として定着しつつあるように見えます(企業によって温度差が激しいとは感じますが)。
いっぽうで「ブランド」という言葉の解釈にも幅があって、日本においてはバブル時代の高級ブランド・DC ブランドといった「ブランド」の印象や、トヨタに対するレクサス、あるいはファッションブランドのセカンドライン戦略、CI やタグライン...といったように「高級品の代名詞」や「デザインや外観、あるいは企業イメージに関わるもの」と理解されることが多いのではないでしょうか。私も「ブランド●●」と名のつく部署の人と仕事をすることはままありますが、そういう仕事ほど表面的で、企業ブランドに直接関与するようなものではないよなあ...というのが実感だったりします。

しかし「ブランド(商標)」は、「牛に焼き印を施し、他者が育てた牛と区別し、品質を保証するもの」が起源だと言われているとおり、その商品やサービスが提供する品質や安心感を担保する証、企業と顧客との約束とも言えるようなものです。企業側が一方的に「このロゴマークがついているものは高品質だ」と言うだけでも駄目で、消費者の側にもある程度共通した認識が必要。他者との関わりの中ではじめて「自己」というアイデンティティが確立し得るのと同様に、「ブランド」というのも顧客や見込み客との関係の中で成立するものです。とはいえ、企業の側が消費者の認識に対して何もできないわけではなくて、商品の品質を確保したりステートメントを発信することで、ある程度の方向性をつけることはできる。それが「UX によってもたらされるブランディング」というものだ、と理解しています。

そういう意味では、本書が「ブランド」という単語に与えた「顧客体験をデザインするプラットフォーム」という定義は、ブランドの本質を現代に即した形で的確に表現した言葉だなあ、と腑に落ちるわけです。

ただ、あえて本書が画竜点睛を欠く点を挙げるとすれば、この「プラットフォーム」の話と「ブランディング」の話に断絶があり、うまく連結し切れていないなあ、と感じたところでしょうか。「プラットフォーム」に関しては Amazon や楽天のような EC プラットフォームや、Facebook や GREE のようなソーシャルプラットフォームを例に挙げ、事業をプラットフォーム化して、自社の強みを活かしつつ弱みは他社の価値を取り込んで補うことで体験価値を最大化し、ブランド価値を高めることを説いています。それに対して「ブランディング」の話は、ブランドを戦略レベルから戦術、施策レベルまで落とし込み、どうやって事業関係者の上から下までにブランドを意識させながら効果的に事業を推進するか、というブランド戦略の考え方・進め方の教科書のような内容。共著者の二人の専門領域の違いがこのギャップに表れているということなのでしょうが、この二つをブリッジするための章があったほうが良かったのではないか、と感じました。
とはいえ、ブランディングに関する書籍の多くが参考になるんだかならないんだかよく判らない単なる成功事例集(こういう事例って、個別の事象ではなく成功・失敗の要因を抽象化して理解しないと意味がないと思っています)でしかない中、これだけブランド戦略の推進の手順について大真面目にブレイクダウンした書籍は稀有なのではないでしょうか。「ブランディングってヘッドクォーターのブランド担当部門が考えること」みたいな誤解もありがちですが、本書はむしろ(企業価値を高めたいと考えているならば)企業の商品・サービス企画やマーケティング、あるいは直接の顧客接点となる部門の実務担当者こそ熟読し、定期的に回帰すべき原点のような戦略書だと思います。やるべきことや手順、どういう構造で理解・分析すべきか、が図表で解りやすくまとめられているというだけでも価値があります。

ひとつ、本書の共著者に突っ込んで質問してみたいことは、前半のプラットフォームに関する記述の中で「事業をプラットフォーム化すること」について書かれていましたが、プラットフォーム化できるほどの事業規模や市場ポジションにない企業や事業カテゴリについてはどうすれば良いのか?ということです。皆が皆プラットフォーマーになれるわけではなく、App Store にアプリを提供するだけ、楽天のモールに店舗を出店するだけ、の規模の企業のほうが圧倒的に多い。あるいは自社プラットフォームを持ちたいけど OS や SNS をゼロから作ってもすぐにエコシステムができあがるわけではない。そういった場合に、自社がすがっているプラットフォーマーに価値を包含されずに強みを発揮し続ける、または逆に包含を狙っていくためには何をすれば良いのか。Amazon、Apple、Google、Facebook、Twitter といった米国発のメガプラットフォーマーに自分たちのビジネスを換骨奪胎されないためにすべきことは何か、といったことはぜひ問うてみたいですね。

最後に、終章に書かれていた内容は、個人的には 1~2 年前から悶々と思い悩んでいたことに対してヒントとなるようなメッセージをもらえたような気分です。いや、そうなんですよ。ブランドというのは「高い代金を正当化するためのマーク」ではなくて「企業価値の源泉の、その象徴」なわけです。私も特定企業という組織体のために働いているつもりはなくて、「自分を含む顧客に感動的な体験を提供してくれる存在」の価値を高めたいと思って働いているつもり。だからこそ、その価値の源泉は何で、顧客に対してその価値を高めるために何を強化しなくてはならないか、を常に考えていなければならないのです。この書籍は、私がそんな想いのよりどころにしていきたい、と思える一冊です。

投稿者 B : 23:59 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2012/05/16 (Wed.)

ソーシャルゲームのすごい仕組み

まつもとあつし / ソーシャルゲームのすごい仕組み

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西田宗千佳氏の『スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場』と同時発売され、一緒に買っていた本。私自身、MMORPG ならともかくソーシャルゲームはやったことがなく、でもどちらかというとスマートフォンとの親和性とかそういう観点で気になってはいた分野です。本書も買おうかどうしようか、という微妙な気持ちだったんですが、店頭でぱらぱらめくってみたら私の興味にフックするキーワードが多数目に入ってきたので、そのままレジまで持って行ってしまいました。

『ソーシャルゲームのすごい仕組み』って、いかにもソシャゲ万歳なタイトルなのがきになっていたんですが、内容はむしろソーシャルゲームの射幸心を煽る仕組みなどに対して批判的な見方が強かったり、ドラクエに代表される日本の伝統的ビデオゲームなどからソーシャルゲームに至る経緯、携帯電話キャリアやスマートフォンとの関係、SNS との関係・・・など、ソーシャルゲーム界隈をいたって客観的に見たもので、共感が持てるものでした。私はソーシャルゲームにはそこまで詳しくないので、改めての気づきが多かったのも収穫かも。
ソーシャルゲームがここ数年でここまで急激に大きくなった原因としては、ARPU の伸び悩みに苦しむ通信キャリアが請求スキームの一本化を利用してソーシャルゲームをうまく「利用した」ことや、ここ 1~2 年のスマートフォンの隆盛は無視できないでしょう。が、それ以上に、フリーミアム的な考え方やソーシャル性、ゲームクリアに対するインセンティブの与え方、確率に関して錯誤したくなる心境など、ゲームの要素をプリミティブなレベルまで分解して、そこに心理学的な要素を加えて再構築したことと、ネット企業的な巧妙なビジネスモデルが掛け合わされたことが大きいと思います。それが狙ってやったことか結果論かは判りませんが、負の側面を除いても、現在のソーシャルゲームは本書のタイトルが示すとおり「すごい仕組み」であることは確かでしょう。

今のソーシャルゲーム業界で「二強」といわれる DeNA と GREE、両社はともに最初からソーシャルゲームをメイン事業とした企業ではなかったところ、DeNA はインターネットオークション事業で Yahoo! オークションに、GREE は SNS 事業で mixi にそれぞれ敗れたことで、業態転換に近い形でソーシャルゲームに参入した、ということはよく知られた話ですが、私も特に GREE がいつの間にかケータイゲーム/ソーシャルゲームの会社に変わっていたことに気づいたときはちょっと驚きました。そして、両社ともにソーシャルゲーム事業においては訴訟であったり法的にグレーな部分で話題になることが多く、ダーティなイメージがつきまとっていることも興味深い。
まさにここ 1 週間ほどの間に話題になっているところですが、消費者庁がコンプガチャを規制するという報道→大手ソーシャルゲームプラットフォーマーが一斉にコンプガチャの廃止を発表、という流れになっているところですが、問題はコンプガチャだけなのか。今回はいかにも業界側が「従ってみせた」という姿勢に見えるので、今後消費者庁や警察がどう動くか。コンプガチャ規制は始まりにすぎないと思います。

現時点でのソーシャルゲームはどちらかというと負の側面のほうが強い。とはいえ、本書でも書かれていますが、問題点を是正することで、社会に貢献できる新しい経済圏を作り得る可能性を秘めてはいると思います。既存ゲームメーカーの多くがソーシャルゲームとの接点を持つようになってもきているところですし、そろそろ健全な体質と産業としての成長性を両立できるビジネスモデルを再構築した上で、日本発の新たな文化として外貨を獲得できる分野に育っていってほしいところですが・・・。

投稿者 B : 00:11 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2012/04/21 (Sat.)

スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場

西田 宗千佳 / スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場

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スマートテレビ。単語としては Google TV が出てくる前後くらいからありましたが、だいたい 2011 年の IFA あたりから頻繁に使われるようになったような印象です。IT/エレクトロニクスにおけるスマートフォン、(スマート)タブレットの次の潮流は間違いなくスマートテレビ、と言っても過言ではないくらいに最近スマートテレビに対する注目が高まりつつあります。
この『スマートテレビ』は、スマートフォンやタブレット、およびそれらの上で閲覧できるさまざまなコンテンツの電子流通周りを追い続けてきたジャーナリスト西田宗千佳氏の最新の著書。業界動向を表面的に追っかけたものではなく、スマートテレビが出現してきた背景を技術的、マーケット的、および業界構造的観点から掘り下げてあるので、それほど専門知識がない人でも「スマートテレビで今、何が起きているのか」をフラットに把握できるでしょう。

先日、鴻海(世界最大手の EMS として有名な Foxconn の親会社)がシャープの筆頭株主になったことを引き合いに出すまでもなく、今やテレビ事業は多くの経済誌に国内の電機メーカーの「お荷物」とまで評されるようになってしまいました。テレビにこれ以上の高画質化は求めていない、別にスマートテレビだといってアプリが使いたいとも思わない、「安ければそれで十分」という意見もあるでしょう。が、もしそれをジャーナリストや業界関係者が言っているのであれば、それは産業の「いま」しか見ていない、狭いものの見方だと思います。

スマートテレビとは何か?テクノロジー的な観点から言えば、従来よりも性能と汎用性の高い半導体と OS を搭載し、コンピュータ化してネットワークに接続されたテレビということになるでしょうか。用途の面から言えば、Web ブラウジングができるテレビ、動画配信サービスが受けられるテレビ、アプリが動かせるテレビ、従来の十字キーつきリモコン以外の新しいインターフェースで操作するテレビ、スマートフォンやタブレットと連携するテレビ、などいろいろあります。が、どれも正しいし、そのどれもが正しくない。いや、正確には「どれかだけでは正しくない」と言ったほうが良いでしょうか。
そういえば、1 年ほど前のイベントで「そもそもスマートフォンって何?スマートフォンって、ハードウェアだけ見たらそれ自体が賢いわけではなく、アプリやサービス、ネットワークとの組み合わせで賢くなれる電話」という問いかけがありましたが、それとほぼ同じことがスマートテレビにも言えると思います。

実は、用途の面から見ると、ここ 4~5 年のテレビはすでに「スマートテレビ」と言えるほどの機能性は備えていながらも、快適でない操作性、互換性の低いプラットフォーム、そして何より限られたハードウェアリソースのせいで「機能はあるのにほとんど使われない」ものがほとんどでした。この部分からしても、フィーチャーフォンとスマートフォンの対比によく似た状況にあると言えます。それが、スマートフォンの高性能化・低コスト化に伴い、テレビにも共通のプラットフォームを持ち込むことでユーザビリティと互換性の水準が一気に高まるのが、今起きようとしている「スマートテレビ」の本質と言って過言ではないでしょう。
ただ、私個人の見立てとしては、「電話機兼ハンドヘルドインターネット/メール端末」であった携帯電話からスマートフォンへのシフトや、「ノート PC のバリエーション的な存在、もしくは大画面化したスマートフォン」的なタブレットの位置づけのような明快さではなく、「基本的には放送を受像し、ときどきパッケージコンテンツを再生して楽しむもの」というテレビへの固定概念が強く、「テレビ画面を単なるディスプレイと認識して、そこで何をするか」というパラダイムシフトを起こすのに必要なカロリーが高いことが、スマートテレビの悩みの一つではないかと思っています。
とはいえ、スマートテレビにまつわる要素の全てを一気に認知させることは難しいでしょうから、その中からキラーとなり得る要素を見出して、それをテレビのパラダイムシフトの象徴にしてしまうのが最も近道でしょうが。個人的には、もしスマートテレビがスマートフォンと同じようなシナリオで普及していくとするならば、ユーザビリティ、つまり従来のテレビにはない気持ちの良い使い勝手や、常に持っているスマートフォンがそのままリモコンになるような操作性が鍵を握るような気がしているのですが。でもたぶん、それだけでも足りないような気もするし。

まあ、さっき「スマートテレビの悩み」とは書きましたが、現時点で国内において真の意味で今の「スマートテレビ」と呼べる製品は発売さえされておらず、これから、おそらく今年の夏から冬にかけて最初の製品群が出てくるでしょうから、現時点で悲観するのもどうかとは思います。実際の市場を見ると、スマートフォンは少なくとも今年はまだ成長基調にあるので、テレビ側がアナログ停波に伴う買い換え需要直後の冷え切った状況であることも併せて考えると、スマートテレビはスマートフォン市場が横ばいになる頃に初めて「ポスト・スマートフォン」的に需要が盛り上がってくるような動きをするのではないでしょうか。そういう意味では、日本におけるスマートテレビの普及は、もしかすると海外よりも遅い立ち上がりになる可能性もあると思いますし、通常のテレビの買い換えサイクルとスマートデバイスのハードウェアの陳腐化のスピードとのギャップをどう埋めるか、も課題になるでしょう。
汎用のプラットフォームと汎用のプロセッサを使う限り、スマートテレビもスマートフォンと同じく「Apple と Google 以外は誰も儲からない」市場になるリスクも高いと思います。でも、Google が今のように「UX で生活を変える」という部分に興味を持っていない限りは、それが実現できるのは Apple か、そのライバルとなる機器メーカーやサービスベンダーしかなく、それが実現さえできればメーカーもその顧客も幸せになれる目はある。そうでなければ、たとえ有機 EL テレビの低価格化が実現できたところで「安ければそれで十分」のスパイラルから脱することはできないでしょう。それはマクロ的な観点で見れば、みんなにとって不幸だと思います。

考えるべきことはたくさんあって、明確なゴールもない。潮流が来るのは判っていても、何が真の価値なのかさえ理解できていない人も少なくない。難しい分野だとは思いますが、少なくとも「進むべき方向の輪郭」は描かれている、そんな一冊だと思います。製造業に限らず、さまざまな分野でのコンバージェンスやクロスオーバーが進み、本質的な価値の再構築が求められている今だからこそ、むしろテレビ以外の産業に関わっている人に読んで、以て他山の石としてほしい書物だと感じました。

投稿者 B : 00:10 | Book | Business | コメント (3) | トラックバック

2012/01/19 (Thu.)

リアルタイムレポート・デジタル教科書のゆくえ

西田 宗千佳 / リアルタイムレポート・デジタル教科書のゆくえ

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iPad VS. キンドル』『メイドインジャパンと iPad、どこが違う? 世界で勝てるデジタル家電』『形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組』など、ここ数年 IT/家電系で注目のカテゴリについて精力的に出版を続けられている、ジャーナリスト西田宗千佳氏の新刊を読みました。
同じ「スマートデバイス」という題材を扱ってはいるものの、「デジタル教科書」が起点になっているという点で、本書は同氏の iPad やスマートフォンといった切り口の既存書籍とは少し趣が異なっています。学校は今の私には直接関係がない場所ですが、PC やタブレット、スマートフォンといったデバイスが教育の場にどう導入されていくのか?という興味はちょっと前からあったところ。

本書は慶応大学教授の中村伊知哉氏、AV/IT 系ジャーナリストの小寺信良氏、ジャーナリストの田原聡一朗氏、など私も名前を存じ上げている方から、NEC やソフトバンクのグループ会社など IT やコンテンツ流通に関わる企業の担当者、あるいは実際に教育の現場にいる方々、など幅広い関係者に対するインタビュー形式で綴られています。
中でも興味深かったのは、いろいろな立場の人が登場しているにも関わらず、大まかな方向性としては問題意識を持っている部分がほとんどの登場人物の間でかなり似通っていたこと。その山への登り方には差異があれど、「単に教科書をデジタル化すればいいという問題ではない」という点が共通だったことは、単にインタビュアーである西田氏の問題意識に引きずられてのことではないと思います。

その問題意識というのは「単に教科書をデジタル化すること」ではなく、「校務や児童生徒とのコミュニケーションに IT を導入し、効率と効果を上げること」が必要で、教育の現場においてはむしろそっちのほうが重要度が高い、ということです。単に教科書がデジタルになっただけでは、ランドセルが軽くなったり調べ物がすぐにできるようになったり、資料がインタラクティブになったりはすれど、それ以上のことは少なく、紙でなくなることで逆に失うものもある。それよりは、教材としては紙とデジタルを共存させつつ、教育のプロセスそのものに IT を取り込んでいくことのほうが、意味があると考えられます。
個人的には、「デジタル教科書の本を読んでいたはずが、いつの間にか教育論、学校経営論、教育行政論の本を読んでいた」ような状態になりましたが(笑)、設備や機材を導入して機器メーカーにお金を落として終わり、というのは今までの IT 教育行政でもさんざん行われてきたことであり、これから求められていくのはそういう話ではない、ということは理解できます。確かに、私も中学の頃に学校にコンピュータ室が作られ、そこに数人に 1 台の割合で FM TOWNS(懐)が設置されましたが、数回の授業で使ったっきり、後に続くものがなかったことを憶えています。結局、道具は使い方次第で役に立ちもするし、無用の長物と化しもする。悪用すれば悪者にもなる。そういうことなのでしょう。

インタビュー内容の解釈が読者に委ねられている本書において、数少ない西田氏ご本人の見解が直接書かれている終章でのこの一言が、本書の内容を象徴しているのではないでしょうか。

機械を変えるのでなく「プロセスを変える」こと。
そういえば、私がかつて携わっていた SI という仕事も、SIer(システム提供者)の立場からすれば「機器やソフトウェアを導入してもらい、その対価を得ること」ですが、クライアントの立場からすると「業務プロセスを改善して業務の効率や効果を上げることが目的であって、機器やソフトウェアの導入はその手段」。システムエンジニアはまずクライアントの業務プロセスを分析し、効率の悪い部分の情報フローを変えたり、機械化できるところは自分たちの機器やソフトウェアを使って機械化することを目標に、要件を定義して新しいプロセスやシステムを実装していくのが仕事でした。つまり、プロセスを変えることこそが目的であり、システム化はそれを実現するための手段にすぎません。
個人的には、教育の場を聖域としてアンタッチャブルにするのではなく、産業界と連携してより費用対効果の高い教育を目指していくことが必要(もちろん、企業の都合で教育の方向性がねじ曲げられることはあってはならない)だと思っています。が、それは「機器/サービスベンダーの目線で商品を売り込むこと」ではなく、SI のように「教育の場に求められていることを客観的に定義して、それに最適な製品を機器/サービスベンダーが提案する」という順序でなければ、成功しないのだろうなと思います。

学校教育というのは、言い換えれば「この国の未来を担う人材を育成する行為」です。その目的は予め与えられた正解を導く手法を憶えさせることでも、単に子どもを偏差値の高い大学に入れることでも、逆に半端な教養しか植え付けないことでもありません。大人たちが、10~20 年後のこの国にどんな人材が必要か?その人材を生み出すためにどんな教育が適しているか?を考え、それを実施するためのプロセスを今一度基礎から練ることが求められているのではないでしょうか。つまりは、「未来のこの国のカタチをどうしたいか」というところからスタートしなくてはならない話なのだと思います。新しい時代を創るのは老人ではない。

世代ごとの投票率に偏りがあるせいか、とかく高齢者保護的な政策ばかりが目立つ昨今ですが、若者が自立できる国にならなければ、あとは移民を受け入れるくらいしか高齢者を支える術はいずれなくなってしまいます。そういう意味で、今後のこの国の教育のあり方を考えさせてくれる本書はすごく意義のある一冊ではないでしょうか。それなりに IT 用語も出てくるので読むにはある程度のリテラシが必要ではありますが、教育の現場に関わっている人だけでなく、子どもを持つ親御さん、あるいは IT カテゴリで少しでも教育に関係しそうな仕事に就いている人であれば、一読を勧めたい書物だと思います。

投稿者 B : 00:41 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2011/09/17 (Sat.)

形なきモノを売る時代

西田 宗千佳 / 形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組

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ジャーナリスト西田宗千佳氏の新刊を読了しました。最近、電子書籍やスマートデバイス、あるいはコンテンツのデジタル流通絡みの記事では必ずと言って良いほど名前をお見かけする西田氏ですが、本書はまさにそれらの取材の集大成といえる内容にまとまっています。また、ある意味では昨年の『世界で勝てるデジタル家電』の続編と言っても良いかも。

毎度毎度、西田氏と本田雅一氏の取材範囲の広さと掘り下げの深さには感嘆しますが、今回も内容は幅広く、スマートフォンやタブレットの話に始まって、スマートテレビ、サブスクリプション型のコンテンツ配信やクラウドサービス、グリーやモバゲーなどのソーシャルゲーム業界の話、販売・マーケティング観点でのノンパッケージコンテンツ流通の話、というように、クラウドとスマートデバイス時代に考えておくべきほぼ全てのことを網羅しています。

私はこのあたりの業界動向をかなりフォローしているほうなので、どちらかというと「識っている話を分かりやすく整理してくれる」というような意識で読んでいましたが、それでもソーシャルゲーム方面はあまり追いかけていなかったので、とても勉強になりました。ビジネスモデルを理解しているつもりでも、市場規模とか海外での状況とか知らないことも多かったので、「貧困ビジネス」と高を括らずに学ぶ必要があることを思い知りました。
実は昨日、東京ゲームショーを見に行ってきたのですが、初出展となったグリーは TGS の会場ではどう見ても異質。明らかに浮いており、客の入りもイマイチでしたが、PSP や DS のゲームにもソーシャルの要素が取り入れられたり、ソーシャルゲーム出身でありながら PSP 版が発売されるようなタイトルも増えてきているので、そう遠くない未来にソーシャルゲームと従来型ゲームの垣根はなくなっていくでしょう。

個人的には最近、クロスオーバーとかコンバージェンスといった単語でよく表現しているのですが、デバイスやソフトウェア技術の進歩、そして何よりクラウド化・・・というと大げさですが、とにかく「ネットワークに繋がること」で、いろんな製品やサービス、コンテンツのボーダーレス化が進んでいると感じています。
例えば、ひとつの動画を観る際、それがクラウドから提供されるものであれば、コンテンツを観るためのディスプレイとしてはテレビやタブレットの間で「使用時間の取り合い」が発生する(つまりテレビとタブレットが競合している)ことになるし、でもその動画が「どこまで観たかの『しおり』」を機器間で共有し、自宅のテレビで観ていた続きを外出先でタブレットで観るのであれば、テレビとタブレットは連携することになります。そんなことが普通になっていく時代に、「テレビだから、これはこういうもの」というように自分で自分に枷をつけていては、競合(それは競合他社のテレビにかもしれないし、タブレットやスマートフォンにかもしれません)に敗れることになる。自分の守備範囲を自分で規定せず、真にあるべき UX を起点としてハードウェアやソフトウェア、サービスの実装に落とし込んでいって初めて競争する資格を与えられる。そう思います。

ちなみに、この本は英題が『The Tablet Age(タブレットの時代)』となっていますが、それについて共感したのは特にこのくだり。

ネットワークの世界になり、低価格に大量のコンテンツを楽しめる世界がやってくるのは間違いなく、その受け皿として「タブレット」はきわめて有望だ。タブレットは、ディスクというメディアの存在を想定しない、史上初の「ネットネイティブ・コンテンツプレイヤー」となる。その際、メディアやデータを「所持しない」「所持できない」世界が同時にやってくることになる。
快適ではあるが今までと違う常識とルールの中で、我々はコンテンツを楽しむことになる。

日本においてはタブレットの市場はまだ立ち上がったばかりで、今後本当に成功するかどうかすらまだ判らない状況にあるのは事実だと思います。が、個人的には去年 iPad を買ってみて、多くの家庭においては PC よりもタブレットこそが主な生活空間で使うコンピュータとして相応しい、と確信しました。逆に、iPad に飽きた/使いどころがない、と言っている人は、多くがモバイル PC の代わりとして使おうとし、PC と同じことができないことに失望した人ではないでしょうか。
でも、個人的には家庭内ではタブレットが、外出先ではスマートフォンが、コミュニケーションや情報検索、コンテンツ流通の受け皿になっていくことは間違いないと思っています。いや「タブレット」「スマートフォン」とカタチを規定してしまうことさえ適切ではないのかもしれず、今後ディスプレイを備えた機器の多くが「スマートデバイス的な何か」になっていくのではないか、と思います。そこには物理的なディスプレイの大きさの違いのみが存在し、テレビ、タブレット、スマートフォンというのは機能的な差はなく、名前は大きさを示すだけの言葉になっているのかもしれません(まあ、2~3 年でそれが現実になる、とは言いませんが)。

なんか書物の感想とは直接関係のないことばかり書いてしまいましたが(笑)、本書は、本田雅一氏の最新刊『iCloud とクラウドメディアの夜明け』と似たところも多いですが、内容的にはちょうど良い補完関係にあり、まとめて読むと何かが見えてくるような気がします。この先の 2~3 年を考えるならともに必読の一冊、と言えるでしょう。

投稿者 B : 12:00 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2011/08/19 (Fri.)

iCloud とクラウドメディアの夜明け

本田 雅一 / iCloud とクラウドメディアの夜明け

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テクニカル(だけじゃなくなりつつありますね、最近は)ジャーナリスト本田雅一氏の新書を読んでみました。
従来は Web メディアへの執筆が多かった氏も、ここのところ『3D 世界規格を作れ!』『これからスマートフォンが起こすこと。』と書籍の出版が相次いでいますね。メディアの逆行というよりは、現在の世の中が単発の記事ではなく書籍として残しておくべき転換点に来ているということなのかもしれません。また、近著 3 点ともにずいぶん違う方向性のタイトルではありますが、デジタル機器とコンテンツ流通の関係性、およびそれに関わる企業動向を追ったジャーナリズムであるという点で共通しており、繋がったストーリーになっています。個人的には、3 冊の中ではこの本が最も自分が今向いている方向性に近かったかな。

タイトルには「iCloud」が冠されていますが、本田氏ご本人曰くこれは出版サイドがつけたタイトルで、特に iCloud だけをフィーチャーした著書ではありません。主に Apple の iCloud とソニーの Qriocity の対比を軸にしながら、Google や Amazon のクラウドサービスを絡めて今後のクラウドメディア――クラウド化するメディア、ではなく、メディア化するクラウド――を読み解く内容になっています。

個人的に強く同意したのはこのくだり。

そこでアップルは、パソコンをデジタルハブとして使うことをあきらめ、従来はパソコンのコンパニオンであったデバイスと同じ位置づけとし、パソコンを含む各デバイス間の情報共有の中心をクラウドの中に置くことにした。このことをジョブズは「パソコンの格下げ」と表現した。もはやデジタルワールドはパソコンを中心に回ってはいないというのだ。

従来の iOS デバイスは「Mac の周辺機器」だったのが、iOS と Mac OS X の垣根が低くなり、iPhone や iPad と Mac でできることの差が小さくなっていくに従い、独立したデバイスとしての性格が強くなってきました。このあたりは、(iPhone や iPad が初期セットアップに Mac/PC 必須なのとは対照的に)Android が PC を必要としないデバイスとして生まれてきたことの影響も少なくないでしょう。が、先日の iCloud の発表によって、クラウドそのものを機器のハブとみなし、Mac も iOS デバイスも「クラウドのコンパニオンデバイス」として同列に扱われていくことが明らかになりました。
このあたりは PC や Android デバイスの観点から見るともっと明らかで、クラウドから見ると PC もスマートデバイスも、表示能力が違う程度で概念的には同じような情報端末にすぎません。スマートデバイスはリアルタイムコミュニケーションやコンテンツ消費に向き、PC はよりクリエイティブな作業に向いているから違うものだ、という異論はあるでしょうし、それはその通りなのですが、クラウドから見たときのクライアントとしてのレベル感は同じ。「クラウド・ブラックホール」とも表現されるように、今後あらゆる付加価値はクラウド側に吸収され、多くの人にとって PC の利点は「ハードウェアキーボードがついていること」だけになってしまう日が来ても、おかしくありません。そういう意味では、中期的には「PC」「スマートデバイス」というカテゴリ分けも、適当なものではなくなっていくのかもしれません。

では、あらゆる価値がクラウド側に吸い込まれていくと、クライアントとしてのハードウェアに残された価値は何なのか?単なるコモディティ化の未来が待っているだけじゃないのか?という話になってきますが、その問いに対する答えの一つはこれでしょう。

ソニーは特定の技術に縛られる形でコンテンツが流通する現状を是正し、ハードウェアメーカー間の競争環境を促す形でクラウドを活用しようとしている。利用者を特定のエコシステムへの依存から解放することで、新たな競争環境を作れると考えているからだ。一方、アップルは現在のダウンロード型デジタル配信での支配的な位置を引き継ぎつつ、情報リポジトリとクラウドメディアを組み合わせ、情報やコンテンツの管理からユーザーを解放しようとしている。それぞれの道を歩んでいるが、最終的に消費者の得られる利が大きい点は同じだ。

iTunes のようにサービスとハードウェアが密結合した状態は、アーキテクトの視点で見れば最も美しいですし、その囲い込みを甘受している限りはその中で過ごすのが最も気持ちが良い。ただ、例えば iOS が「Apple が作った箱庭」と呼ばれるように、不自由も多く、App Store のように自由競争が制限された環境でもある。つまりそれはある面では進化が阻害されているということでもあります。
それよりは、サービスとハードウェアの結びつきは多少緩めにして、サービスとハードウェアそれぞれの選択権をユーザーに委ね(場合によっては複数のサービスを利用しても良い)、サービスはサービスの、ハードウェアはハードウェアの完成度やコストで競争できるほうがより良い未来に近づける(あるいはハードウェア開発が得意なソニーのような企業の場合、現在の状況よりも自社の強みを発揮しやすい)、という考え方。言い換えれば、iTunes で買った曲をウォークマンで聴ければ今よりもっと嬉しいし、逆に iPhone で SME の楽曲も聴きたいでしょう?という話でもあります。以前はカセットテープなり CD なり共通のメディアがあって、どのメーカーのハードウェアでも問題なく使えていたのに、デジタル配信になって不便になったよね?という話です。

現在の iTunes のようなダウンロード型コンテンツ販売の時代は終わりを告げ、これからはサブスクリプション型のストリーミング配信の時代が来る、と言われても、多くの人にはまだまだピンと来ないかもしれません。しかし、テレビがコンテンツ配信の王者だった時代が終わり、CD や DVD といったパッケージメディアの終焉も近づき、情報端末のほとんどで Wi-Fi 搭載が当たり前になり、ハードウェアの付加価値や「ものを持つこと」の意味がどんどん認められなくなってきた今、世の中の流れは確実にそこに向かっていると言えます。私もハードウェアやパッケージメディアを収集・所有することに喜びを覚える世代なので、そんな時代が来てしまったら寂しいという思いもありますが、価値が所有から体験に移ってきていることは間違いがありません。
本書は『これからスマートフォンが起こすこと。』と同じく、2~3 年後には「もう当たり前になったことが書かれている本」になってしまうのだろうと思います。が、PC やスマートデバイスが好きな人、コンテンツ流通に関わる人、あるいはもっと大きく「ものづくりと産業」のこれからに興味がある人、であれば、一読しておく意味のある書物ではないでしょうか。

投稿者 B : 23:35 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2011/06/01 (Wed.)

これからスマートフォンが起こすこと。

本田 雅一 / これからスマートフォンが起こすこと。 ―携帯電話がなくなる!パソコンは消える!

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去年の『3D 世界規格を作れ!』がとても良い本だったので、引き続き期待していた本田雅一氏の新著。個人的には、高画質高音質方面よりも(こっちはこっちで趣味としては好きなんですが)むしろモバイルやコミュニケーションの世界にこそイノベーションを感じる志向性なので、発売を楽しみにしていました。

内容的には例によってとても本田さんらしい、業界を幅広くかつ深く取材した上で、フラットに現状と少し先の未来を整理したものと言って良いでしょう。フィーチャーフォンとスマートフォンの違い、ハードウェア/ソフトウェア面からみたスマートフォンの性質、タブレットの台頭、PC とスマートデバイスの今後の変遷、クラウドと 4G モバイル通信、Facebook をはじめとしたソーシャルメディアの存在感が増すこれからのインターネットについて、パッケージメディアからサブスクリプション型のコンテンツ配信モデルあるいは UltraViolet などを利用した新しいコンテンツ流通モデルへの変化、そしてそれらをふまえて各分野で誰が今後の勝者になるのか・・・といったように、スマートフォンやモバイルデバイスに関わるあらゆる事象を網羅的にまとめた一冊になっています。この分野は IT 産業の中でも現在もっとも進化のスピードが速い分野なので、2~3 年後には本書の内容はもう古い、つまり現実のものとなっている可能性が高いですが、そういう意味ではある種予言的でもあり、仕事/趣味的興味を問わずこのあたりの世界に携わっている人であれば、漏れなく読んでおくべき書だと思います。
個人的には、自分自身がこのあたりの事象の渦中にいることもあって、ほとんどが知っていることではあったのですが、個々の内容としてはよく知っていることであっても、こうやって全体の構造を改めて理解させてくれるという意味で、読む意義があったと感じました。内容の深さという点では少し食い足りない部分も多かったですが、ちょうど先日のスマホ業界 楽屋裏トークが結果としてそこを掘り下げる内容だったこともあり、併せて非常に勉強になりました。

フィーチャーフォンの多くがスマートフォンに取って代わられる・・・というか、スマートフォンがフィーチャーフォン化していく流れは、端末コストの面から言ってもネットワークとサービスの独立性(による自由競争の活発化)という面から言っても理にかなったものであり、止めようがないことだと思います。また同様に、PC の多機能/高性能をそこまで必要としない多くのユーザーにとって、スマートデバイスのほうがよりライフスタイルに適した製品であることも事実だと思います。本書のサブタイトルにもなっている「携帯電話がなくなる!パソコンは消える!」というのはいかにもキャッチーさを狙ったもので、さすがに極論であり反語ですが、それでもある面での真理を突いていると言えるのではないでしょうか。コミュニケーションに PC を使わずにすべてケータイで済ませてしまう世代がいるように、フィーチャーフォンも PC も買わずにスマートフォン(またはスマートデバイス)ですべてを完結させるユーザー層、あるいは世代というものは、間違いなく出現するでしょう。

また、本格的なクラウド時代が到来し、スマートデバイスの台頭によってハードウェアそのものの存在感は薄れていく、だから Apple のようにそこそこの原価で UX に関わる部分にはコストをかけ、少品種大量生産で稼げるビジネスモデルこそ正義だ、みたいなことは最近よく言われますし、それはある種の真理ではあると思います。でも、「おわりに」に書かれていたこの言葉には、私も確信を持っていたい。

わたしはこれからしばらくの間、消費者が"装置そのもの"に強い興味を抱かなくなる時代が来るだろうと考えている。スマートフォンを通じて得られる価値は絶大だ。しかし、その価値の多くは通信の"向こう側"にある。(中略)しかし、時が経てばハードウェア、ソフトウェア、サービスが一体化することで、消費者の興味が"製品"そのものに戻ってくるとも確信している。

これは当然、「ハードとソフト、サービスが一体化した先のこと」であり、現状のままハードウェアだけを豪華にすればいいという話ではありませんし、すべてを Apple がデザインした箱庭的世界観(で、多数の熱狂的ファンを抱える現在の状況)こそこの理想的な状態だという考えかたもあるでしょう。が、我々はまだ「ハードとソフト、サービスが完全に一体化した未来」を見ていない。そのときにどんな世界が待っているか、いや、どんな世界を創れるか。

その競争は、すでに始まっています。

投稿者 B : 23:05 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック

2011/01/24 (Mon.)

ヤマダ電機の暴走

立石 泰則 / ヤマダ電機の暴走

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人に勧めておきながら自分で読み切れていなかった書籍を、ようやく読了。

日経ビジネス・週刊ダイヤモンド・東洋経済などの経済誌でここ数年、よく特集が組まれるようになったこともあって、私もヤマダ電機の仕組みについてはある程度知っているつもりでした。この書物はそういった既知の情報が網羅されているのに加えて、創業者の山田昇氏(現会長)の生い立ちから創業期に至る話まで掘り下げられているので、知らなかった情報や観点が得られて非常に興味深い内容でした。

専門学校を卒業後ビクターに就職し、組織の限界を感じて独立、松下電器(現パナソニック)系列の販売店を経て総合家電量販店化。群馬県に生まれて現在では全国ネットワークを網羅するようになった「国内家電流通の王者」は、「安さこそ価値」という信念のもと規模の拡大と調達コストの圧縮を両輪に、ひたすら拡大路線を突き進んでいます。それは、「タイムマシン経営」という言葉が認知されるようになる遙か以前から、アメリカ最大の家電量販店 Best Buy の経営手法を日本で再現しようとしていたのかもしれません。

いっぽうで、いち顧客として見たときのヤマダ電機は、私の自宅から最も近くにある大手家電量販店の一つであり、価格も(量販店としては)最安値クラスであるにも関わらず、これだけ電気屋好きな私がなぜか積極的には行きたいと思えないお店です。それはおそらく低価格にこだわるあまり、「売れ筋のものを大量に調達して仕入れ価格を下げる代わりに、売れ筋でないものはバッサリ切る」というヤマダ電機の売り方に私の好みがあっていないからだと思います。
私はどちらかというと売れ筋 No.1 でとにかく安い商品よりも、最先端であったりハイエンドであったり何か人と違うものであったり、ニッチ商品(よく言えばこだわりの強い商品)を好む傾向があると自覚しています。それに対してヤマダ電機には「ヤマダ電機が売りたい商品」しかないから、行っても楽しくないのでしょう。こう感じるのは私や私の親しい仲間うちくらいのものかと思っていたら、本書の中にも「ヤマダ電機に行って目当ての商品がなかったらヨドバシに探しに行くけど、最初にヨドバシに行って売っていなかったらヤマダには行かない」という消費者の例が挙げられていて、そういう顧客は案外少なくないんだなあ、と改めて気づかされました。電気製品にこだわりがなく、壊れたら初めて電気店に行って、置いてある選択肢から選ぶ・・・という高齢者が多い地方(ヤマダ電機も地方発祥の電気店)と、リテラシが高く指名買い顧客の多い都市部(カメラ系量販店の出自)とで顧客(全てではないにしろ)の行動が大きく異なる、ということに気がついていないか、気がついていてもどう対応して良いか分からないのかもしれません。もしくは、そういう顧客であっても価格になびく、と考えているのか。

まあ、価格差が一定以上に大きくなれば、嗜好品以外はコモディティ的要素が強くなり、低価格に流れる顧客の割合が大きくなるのは経済の原理だと思うので、それは否定してもしょうがないですが。
でも、例えばユニクロが価格以外の価値を提案するようになって、多くの顧客がもつユニクロのイメージが変わってきたのに対して、ダイソーを「ブランド」と認知している顧客がどれだけいるか?を考えれば、「価格が最大の価値」という戦略は、諸刃の剣であると思います。

さておき、本書は家電業界関係者のみならず、家電業界(の流通寄りの部分)に興味がある人や、マーケティングや経営戦略に興味がある人も読んでおいて損はない一冊だと思います。いろいろな観点で読める本だとは思いますが、私はこの本を読んで「価値」とはどういうことか、改めて考えさせられたなあ。

投稿者 B : 00:23 | Book | Business | コメント (1) | トラックバック

2010/10/18 (Mon.)

世界で勝てるデジタル家電

西田 宗千佳 / メイドインジャパンと iPad、どこが違う? 世界で勝てるデジタル家電

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記憶に新しいところではこの春に『iPad VS. キンドル』を出版したジャーナリスト・西田宗千佳氏の最新の著作が発売されたので、読んでみました。

本著もキャッチーなタイトルではありますが、多面的でフラットな業界分析はさすがの一言。同じく最近出版された、本田雅一氏の『3D 世界規格を作れ!』とは扱っているテーマこそ違え、どこかのメーカーだけに肩入れすることなく(肩入れしているとしたら日本の電機メーカー全てに)、世界における日本の電機産業の現状を的確に分析した上で応援している、という点で非常に似ていると感じました。

内容的にはタイトルどおり「iPad/iPhone は何がすごいのか」をビジネス/設計/プラットフォーム/開発思想それぞれの面から分析し、Apple が仕掛ける製造業の王道「少品種超大量生産」と日本企業の「高付加価値」の対比、今後の家電産業の鍵を握るプラットフォーム戦略の重要性、日本企業の「品質」の考え方と消費者の多くが考えるプライオリティ、そしてゲームの「ルールを変える」ということ。よくもまあ、これだけ多岐にわたる事柄を整理して一冊の本にまとめた、というくらいにまとまっている本です。私も、この本に書かれていることのほとんどは知っていましたが(特によく知っていることも多く書かれていましたが)、こうやって全方位的に整理してドン!と突きつけられると、何か見えてくるものがあるような気がします。
少なくとも、ここ数年の日本メーカーが取り組んできた「多品種少量生産」による多様なニーズへの対応は、一部の市場では成功しているけれども、それだけで全ての市場をカバーできるわけではない。むしろ圧倒的マスに向けたプロダクトで量産性(裏を返せばコスト)と品質を両立することができなければ縮小均衡しか残っていない、というのは、認めざるを得ない事実だと思います。

また、最終章に書かれていた「ルールを変える」という話は、私の中でずっとモヤモヤとしていて『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか』という書物にその答えを求めてみたけど全然書かれていなかったことがここに書かれており、胸の中が晴れ渡るような快感を覚えました(だからといって、それを実践するのは並大抵のことではないけども)。

最近は Apple の一人勝ちのような状況が(一部市場では)起きていて、大手経済紙/誌でも「強い Apple とイノベーションを起こせない日本企業」のような対比で語られることも少なくありません。ある意味、いろんな状況が重なって日本の電機産業が自信を失っているのが現在だと思いますが、これだけ客観的かつ多面的に取材を行っている西田氏に、こう断言されていることが、微かな自信に繋がるような気がします。

日本の競争力が失われた、と多くの人が言う。
しかしそれは、日本の技術力が失われたからではない。(中略)日本にはまだまだ技術力があるのだ。だが、それを日本国内で消費されるデッドエンドで浪費したことが間違いだった。
そして、こういうエールを送ってくれている下りで、私は本当に涙が出てきました・・・。
今後、家電製品や IT 機器の多くが iPhone や iPad のようなルールで作られ、販売されていくのだとすれば、勝つためには量が必要だ。その上で品質の追求をせねばならない。
日本も、高度成長期には「外」で戦ってきた。今も、ゲーム機や 3D で勝負をかける人びとは、明確に世界を視野に戦っている。
われわれに必要とされているのは、そういったジャンルをもっといくつも見つけること、そして、戦おうとする人びとの足を、無関心やつまらない利権でひっぱらないことだ。(中略)日本の技術は、僕たちが思っているほど弱くなんかない。お願いだから、彼らを全力で戦わせてあげてはくれないだろうか。
日本の製造業が再び世界で強い競争力を得るには、越えるべきハードルがいくつも存在します。また、自分たちの努力だけではなく、政府が「未来のこの国のカタチをどうしたいか」にも大きな影響を受けることも事実です。ただ、少なくとも現状に嘆き、諦めていては始まらない。再び自信を得て、(Apple や Google の真似ではない)世界で戦う戦略を編み出すことによってのみ活路が見いだせることを肝に銘じ、明日からまた歩んでいかなくてはなりません。

最後に、この一枚を貼っておきたいと思います。著者の西田氏ではなく、先日行われた本田さんの『3D 世界規格を作れ!』の発刊記念セミナー(Ustream で録画を試聴できます)において、本田さんが「伝えたかったこと」。きっと西田さんも同じ気持ちであり、日本のメーカー関係者であれば、誰もが元気になれる言葉。

僕からお伝えしたいこと:ニッポンの電機屋さん、想像するよりずっと強いんです

投稿者 B : 23:59 | Book | Business | コメント (0) | トラックバック